「ミッドサマー」 監督 / アリ・アスター
公開前から文字通り話題沸騰だった「ミッドサマー」、見れば見るほど見所が見つかるというか、何もかも見逃せない。ほれぼれするほど美しいショットやオモシロシーンも満載なので、不思議と何度も楽しめるというテンションの作品だと思います。見返してみるほどにあの場面にはアレがあったとか、ゲームのように面白い発見が。とにかく作品のファンを喜ばせたいというサービス精神に富んだ作りでした。
しかしなんといってもウィル・ポールター演じるマークが面白く、映画のもつ不穏な空気の中でスーパー場違いな彼が言うことやることが実に楽しく、いつまでも見ていられるような気分でした。キャスリン・ビグロー監督作「デトロイト」で最悪に恐ろしい警官役を演じたことが記憶に新しい彼ですが、この作品での彼はあまりに恐くて実際の彼のことが心配になり、インタビュー動画をわざわざ見て気持ちを落ち着かせなきゃいけないほどでした。そこで美しいブリティッシュアクセントで話す彼を見て彼がイギリス出身であることを初めて知りました。今作の彼もアメリカのアホアホ学生にしか見えなくて、本当最高です。
ホルガ村に到着する前の、ダニーとクリスチャンの別れる数秒前のカップルの噛み合わない会話もすごいリアリティでした。監督の次作が学園コメディとかだったらものすごく観てみたいです。
それにしてもネットではこの作品の様々な考察が溢れており、どれもとても面白くて、ペレが実は〜みたいなやつなど読んでて心底ゾっとしちゃいました。観客の想像力を掻き立てる余白作りが上手ですよね。私が観て思ったことは、ダニーはそもそも自分の妹に同化している真っ最中だったように思います。そして結果的にあの祝祭に参加し、ああいうひとつの結果を得たのかな、など考えたりもしました。
「黒い司法 0%からの奇跡」 監督 / D.D. クレットン
大好きなD.D.クレットン監督の新作。私が今いちばん好きな監督の一人です。「ショート・ターム」、「ガラスの城の約束」、そして今作。どの作品も人の心、感情、信念など決して目に見えないものがまるで見えてくるような体験ができます。だいだいだいすきです。監督の次回作はなんとマーベル作品とのこと。けどこの抜擢っぷり、超わかる〜と謎の目線で何度も頷く私です。
映画の原題はJust Mercyなのですが、映画を観るとmercyという言葉が持つ意味がまさに説明されるシーンがあります。邦題についてですが、原作本の翻訳版の題名が、そのまま映画のタイトルにもなっているようです。個人的にはなぜこのような邦題になっているのか不思議に思っています。
舞台は黒人に対するひどい差別が横行している1980年代のアラバマ州。ハーバードロースクール卒の若き弁護士ブライアンが冤罪や、もはやなすりつけでしかない判決により死刑囚となってしまった人々の弁護をし、無罪を勝ち取るために奮闘するドラマです。ブライアンはマイケル・B・ジョーダンが演じます。(はあ、だいすきです)
マイケル・B・ジョーダンの魂レベルで高貴な感じというか…会ったこともない私でさえ何か困ったことがあったら頼ってしまいたくなるような気品が際立ちます。特に映画冒頭のインターン生だった彼と若き死刑囚の心の通い合いにはしょっぱなから泣かされました。
それぞれの役者の持ち場をガッチリと固めるような個性的で力強い演技はどれも本当に素晴らしいものでした。死刑囚の一人を演じる、お父さん激似でおなじみアイスキューブの息子オシェア・ジャクソンJrの、どんな逆境でも明るく振る舞うことが信念だったのだろうと伝わってくる表現は見事でしたし、なんといっても裁判における超重要人物を演じたティム・ブレイク・ネルソンの全てが圧巻でした。画面に現れた瞬間の、傷ついた人間であるという説得力がどうしてだかすごいものでした。
ブライアンが自分の依頼人が冤罪であることを伝えようとすると決まって「被害者や遺族の気持ちを考えたことがあるのか」とまさに本末転倒なことを返されます。何度もです。そこに対して理路整然と主張をするほどに「傷ついた人の気持ちがわからないなんてなんてひどいやつだ」という向かい風にさらされます。
しかし、人の心に寄り添うということは。傷ついた人の気持ちに共感するということは。その真の行いが表現される法廷でのシーンには頭がふっとぶほどに感動しました。そして映画はそれを目に見えるもので見せてくれる、と改めて感じることができました。監督曰くブライアンは「共感の天才」とのことです。それを表現しきった演出でした。
名前すらも知らされない脇役たちも物語をしっかりと支える生きた人間たちということもとてもよく伝わってきました。大好きな作品がまたひとつ増えました。
「ジュディ 虹の彼方に」監督 / ルパート・グールド
「オズの魔法使」で世界中に知られるハリウッド黄金期の大スター、ジュディ・ガーランド。彼女は47歳でこの世を去るのですが、「ジュディ 虹の彼方に」はその亡くなる半年前に行われていたロンドン公演での彼女の様子を描いたドラマです。ジュディをレネー・ゼルヴィガーが熱演。
レネー・ゼルヴィガーといえば「ブリジットジョーンズ・ダイアリー」で大人気だったのに数年もの間、お休みしていましたよね。2016年にブリジットジョーンズの完結編で復帰しましたがこれがですねえ、なんともねえ、いえない一本でしたねえ…。
「シカゴ」でその素晴らしい歌声はすでに知っていたものの、今作での彼女の歌唱シーン、特にロンドン公演初日の1曲目の魂がパンパンに詰まったような歌声にはただただ聴き入ってしまいました。特にロンドン到着以来、大御所ワガママおばさんっぷりを余すことなく発揮していた彼女だったので「このひとマジで今も歌えるのかよ」オーラがぷんぷんしており、そのギャップがさらにすごいスパイスとなっていました。
10代にスターダムを猛スピードで駆け上がってきた彼女の人生は知るほどに本当に悲しくなりました。当時、彼女には必要ないものだと大人たちに決めつけられていたものは、大人になった彼女が欲しくてたまらないものでした。
人の行動は色んな意味や原因があるとつくづく思う。ジュディはもちろん周りの大人の所為で薬の問題があったのだけれど、心の傷や悲しみ、怒りというのは、希望や前向きな気持ちをもって行動していてもそれとは全く逆方向に舵をきるとてつもない引力をもっていると改めて思い知らされました。
それでもステージの歓声に応えようとする姿はいじらしく、少女のころから全く変わっていなくて、なんということだと思いました。大人たちみんながあの少女を傷つけた。そういうことがとても良くわかる作品で、本当にやりきれない余韻で今もいっぱいです。ただ、ジュディの歌声で生きる力をもらった多くの人々もいて、彼女はヒーローだったということもとてもよくわかりました。
とある人物が「ドロシーに夢中だった」という過去をジュディに告白するのですが、その理由が「犬を大切にしていたから」というセリフ、本当に本当に本当によくわかる…すごく好きな人の素敵なところって、ずっと忘れられませんよね。
「デッド・ドント・ダイ」 監督 / ジム・ジャームッシュ
ジム・ジャームッシュ監督の新作はなんとゾンビ映画。そんなニュースが飛び込んできてからいったいどんなものなんだろうと楽しみにしていましたが、この度試写会にて拝見してきました。
監督にとっておなじみの面々が集まり、メタ要素が実に満載。思ってた以上に我々のような映画ファンから見たジャームッシュイズムというか、パブリックイメージをふんだんに使っているような印象を受けました。
アメリカのとある「実に良き町」センターヴィルが舞台。この町の警察署長をビル・マーレイが演じ、パトロール帰りにドーナツでも食べにいこうよとアダム・ドライバー演じる巡査を誘ったりもするが断られるという平和なやりとりがおこなわれます。しかしテレビには不穏なニュース、一向に暗くならない空、変わった行動をとりはじめる動物などじわりじわりとその時がくることを予兆させます。
ビル・マーレイは面倒臭そうに空虚を見つめ、アダム・ドライバーは荒ぶりながらびっくりするほど小さい車を乗りこなし、絵に描いたような謎キャラを演じるティルダ・スウィントンは全てにおいて並外れたりします。豪華キャストの楽しそうなメイキング映像が目に浮かびます…。しかしまさかセレーナ・ゴメスがあんなことになるとは誰も思ってなかったことでしょう!ちなみに監督はセレーナのファンであるそうです。
風船に延々と空気を吹き込みながら、こちらが思ったような爆発をしてくれない、というような「ゾンビ映画」です。実に良き町センターヴィルにて起きたゾンビパニック。鑑賞後、希望を象徴するかのようなキャラクターを思い返してみると、はっとなりました。